カードを書く

From PoIC
Jump to: navigation, search
Great habit of collection.

自分の書いたカードでドックを満たすことは、決して難しいことではありません。

日記から始めよう

4カード」の項で書いたように、PoIC を実際に使い始める一番簡単な方法は、情報カードを使って日記を書くことです。

私が情報カードを使い始めたばかりの頃、一番難しかったのは、「いかにしてその日の最初のカードを書き始めるか」ということでした。一枚のカードを前にして、何を書こうかと悩んでいるうちに、時間だけがどんどん過ぎていきました。ひどい時には、一枚のカードも書けない日もありました。

しかし、しばらくして、これを克服するコツを発見しました。

答えはとても単純で、「なんでもいいからとにかく書き始める」ということでした。しかし、「なんでもいい」という漠然とした目標には、依然としてある種の抵抗を感じます。そこで、もっと具体的に、「日記でも書こうか」と自分に言い聞かせると、すんなりと書き始めることができました。

カードの本文の一行目は「晴れ」、「くもり」など、その日の天気から書き始めます。続いて「ポカポカ陽気、春めいてきた。」などの季語が続きます。次に、行を改めて、朝の出来事を記録していきます。例えば「5:30に起床」、「昨晩は21:00に就寝」、「朝ご飯はバナナ、コーヒー1杯」、「6:30に出勤」、「最近読んでいる本は○○」など。このカードは事象の記録なので、「記録カード」、タイトルは「◦ 日記」となります。

このように、私が一日のカードを書き始める引き金は、極端に言ってしまえばその日の天気を表すたった2、3文字で十分なのでした。これは単なる事象の記録ですから、なにから書き始めようか、と悩む余地がまったくありません。

雪崩式著述

雪崩式著述。

私は一日の始めのカードを会社に着いてから書き始めるようにしています。

会社に向かうまでの間に、いろいろ考え事をしたり、風景を眺めているうちにたいてい何かを発見します。会社で席に着いてから、カードを取り出し日記を書き始めると、「そういえばこんなことも考えた」「こんなものも見つけた」と思い出してきます。手を動かすことで記憶が蘇ってきます。それを頭に浮かんだ順番で次々とカードに書いていきます。会社に着いてからしばらくは、こうして過ごしています。この時は、仕事だけでなく、生活に関すること、とりあえず頭に浮かんだことをすべてカードに書きます。この朝の一人で過ごす貴重な時間を確保するために、私は少し早めに出勤するようにしています。

カードを使って日記を書いてみると、5x3 というサイズは日記を書くには小さいということにすぐ気付きます。そこで、一枚のカードに書ききれない部分は、次のカードに書いていきます。最初の日記を一枚書き終えたら、考えたことや発見を、忘れないうちに、一枚一枚の独立した「発見カード」に書きます。発見カードを書いているうちにも、昨晩寝る前に考えたこと、朝起きる前に布団の中でウトウト考えていたことも思い出してきます。野帳にメモを残していたら、それもこのときにカードにしておきます。

このように、記録カードから始め、次々と発見カードを書いていくことを、私は「雪崩式著述(Avalanche Writing)」と呼んでいます。重要なのは、この雪崩を起こすのは、小さな石(日記としての記録カード)でも十分であるということです。ちょっと突いただけで、5枚・10枚というカードが自分の中から出てきます。朝の段階で、1枚の記録カードと平均5枚の発見カードを書いたとしても、一ヶ月で100枚以上のカードが確実にドックに貯まっていきます。

PoIC と本

線を引き、メモを書き込みながら本を読む。

PoIC では、本からの引用に「参照カード」を使います。

本を参照カード化する

私は、自分の読みたい本は自分で購入し、線を引いたり、頭に浮かんだアイディアやイメージを余白にメモしながら読むようにしています。線を引きながら本を読んでいると、ときには1ページのほとんどが線だらけになる、ということも起こり得ます。これをすべてカード化するのは、とても骨の折れる作業です。参照カードを書くのがおっくうで、本を読まなくなってしまっては元も子もありません。

そこで、むしろ本への書き込みを増やすことで、本そのものを「参照カード化」してしまいます。

本を買って自分の手元にあるのであれば、線を引いたところのすべてをカード化するのはあまり意味がありません。なぜなら、必要であれば、いつでも本棚から取り出して確認できるからです。本を買うという行為は、自分で自由に線を引いたり書き込みをして、参照カードを書く労力を減らすためのコストとも考えることができます。何百枚もの参照カードを書く労力と時間、そしてその分のカード代を考えると、本の値段など実に安いものです。

本に線を引いたり書き込みをすることは、本を粗末に扱うということではありません。確かに、線を引きメモを残しながら読むと、その本には対外的な「モノとしての価値」はなくなってしまいます。しかし、線を引くことでその本に自分だけの価値を付加すること、本の代金として支払った以上の価値を得ること、また、その本にとっては自分の本棚が最終目的地だったと考えれば、それはかえって、自分の本を大切に扱うということになるのではないでしょうか。

ドックとライブラリ

4カードのプラミッド構造。参照カードとしての蔵書 (C) がピラミッドを支える土台となる。ドックの中に発現するのは、発見 (D)、記録 (R)、GTD カード (G) となる。

本を参照カード化すると、本棚はドックの延長として機能します。机の上に見えているのはドックだけですが、その背後には情報庫としての大規模な蔵書(ライブラリ)が存在しています。

本棚を選ぶ際は、拡張性があり、かつ、デザインが一貫して変わらないことが大切です。そうすれば、蔵書の増加に合わせて、同じデザインの本棚を買い足していくことができます。棚の高さが 2〜3 cm ピッチで自由に変えられるものが良いです。高さが 175 cm あれば、27 cm 高の棚を6段取ることができます。27 cm 高の棚には、B5判がすっぽり入ります。

本棚における本の分類は、個人の好み、本棚の中の相対的な位置、取り出しやすさなどに大きく依存します。自分に合った分類法を見つけるには、試行錯誤が必要だと思います。私は、分類8割・時系列2割で管理しています。最近読んだ本は読んだ順で時系列に並べ、その他の本は分野ごとに分類しています。そして、数ヶ月〜数年の単位で、蔵書の並びを見直します。

本から発見カードを書く

本を読んでいると、本の中の情報と自分の中の情報がリンクし、頭の中で電球が光る瞬間があります。こういう事柄を積極的に「発見カード」として残しておきましょう。

本を読んでしばらくして、本の内容が心に浮かんでくることもあります。これは、自分の記憶というフィルターを通して出てきたひとしずくです。このようなカードは、自分の心の中から浮かんだことなので「発見カード」として書きます。ただし、元となった資料を「Ref. : 」の形で、かならず書き添えておくようにします。

カードをくる

カードを「くる」とは、カードをパラパラとめくり、いくつかを取りだし、組み合わせを作る「操作」のことです。知的生産におけるカードの使い方に関して、梅棹(1969)は次のように述べています。

「くりかえし強調するが、カードは分類することが重要なのではない。くりかえしくることがたいせつなのだ。いくつかとりだして、いろいろなくみあわせをつくる。それをくりかえせば、何万枚のカードでも、死蔵されることはない。」(p. 59)

知的生産に使うカードは、何かの必要に駆られて受動的に操作(検索・分類)するのではなく、むしろ能動的に操作するベきであるということです。受動的に繰る、能動的に繰る - この二つは、外から見ると同じかもしれませんが、やっている本人の心構えはまったく異なります。

拾い読み

過去のカードから新しいカードを産む。

英語の「browse(ブラウズ)」という動詞には、「草食動物が若葉を見つけて食む」、そこから転じて「拾い読み」という意味があります。私は、ドックのカードをパラパラとめくる行為には、気ままな「拾い読み」のイメージがよく合うと思います。拾い読みは、時間に余裕のある時、例えば、休日の午前中に、お茶やコーヒーを用意して気ままにやるのがおすすめです。

ドックに貯まったカードを拾い読みをしていると、「この時にはこんなことを書いた」と記憶がよみがえってきます。カードに付けたタイムスタンプが、自分の歴史に則したものだからです。このような主観的な見方の一方で、時間が経過することでカードの内容を客観的に見ることもできます。それは、肯定的な意味で「忘れて」いるからです。時間が経過しても同じように思えるのであれば、その物事にはなにかしらの普遍性があるということです。

フィードバック

カードを拾い読みし、適度なフィードバックをかけることで、自分のアイディアの純度を高めていきます。

カードを拾い読みしているときに、あるカードにコメントを書き加えたいと思うことがあります。そのような場合は、時間の経過が分かり易いようにペンの色を変えておきます。過去の自分(例えば青色のペン)といまの自分(例えば、赤色のペン)の対話です。新しいアイディアが浮かんだ時は、それを新しいカードに書き、時系列の一番先頭にスタックします。

カードの価値

カードや野帳には、どんなちっぽけと思えるアイディアでも書くようにします。しかし、自分が書いているもの価値って、実際のところどのぐらいなんでしょうか?

時間の効果

PoIC を使っていて、私がいつも思うのは、自分の書いたカードの本当の価値は、書いた時点では自分でさえも判断できないということです。そのような判断できるようになるのは、しばらく時間が経過してからです。例えば、今日の日経平均株価が高いのか、安いのか。それは数ヶ月先・数年先になってからしか判断できないのと同じです。ですから、PoIC では、カードに重要度(Priority)を付けることもしません。カードを書いた時点で相対的な評価をすることは、単純に無理だからです。

カードに書いた時点ではちっぽけと思えるアイディアでも、そのあとで生み出される他のカードと組み合わせることで、新しい価値を創出します。現時点の私たちにできるのは、ちっぽけかどうかを悩むことではなく「とりあえずどんなアイディアもカードに書いておく」ということです。そして、それが将来何らかの形で、かならず役に立つと楽観的に考えることです。

カードを書くときに指針となるのは、自分の中のビジョンです。それは、自分がどうしたいのか・どうなりたいのかということです。ビジョンは磁石の持つ「磁場」のような働きをします。それは目には見えませんが、コンパス(カード)を置けば、いつでもかならず同じ方向を指し示します。

らせん階段を昇る

PEACE 法(マリノフ、2002)は、問題の発生から解決に至る道筋を示す。

どんなちっぽけな事柄もカードにしていくと、必然的にカードの量は多くなります。カードの「質と量」の問題は、カードを書いていく上で誰もがかならず通る問題です。ドックの中のカードが1,000枚ぐらいになると、「これは本当に役に立つのかな?」と不安になったりもします。

カードの質を考えると、それはいつも同じレベルにあるのではなく、書いていくたびに向上していくものです。同じフロアをぐるぐると回っているのではなく、らせん階段を一段一段昇っていくようなものです。真上から見ると同じ位置にいるように見えても、横から見ると違う階にいます。「質より量」ではなく「量とともに質も向上」していきます。

逆境の時は、むしろ上にジャンプするチャンスです。問題が発生したときに、その状況をカードに書くこと、そしてそれを改善するにはどうすれば良いかを考えてカードを書くことで、らせん階段を昇り続けることができます。これはちょうど、マリノフ(2002)PEACE 法 における、P(問題)→E(感情)→A(分析) へ至る過程です(右図参照)。これは頭の中で考えるだけでなく、紙に書き出すとよりうまくいきます。

「なぜだろう」、「どうしてだろう」と自問を繰りかえします。感情ではなく、問題を分析することでドックの中のカードが爆発的に増えていきます。