再生産する

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PoIC を使って新しい知恵・知識・成果を作り出す過程を見てみましょう。

データベースとしてのドック

アイディアを可視化する。

PoIC を使って、頭に浮かんだことを一日5枚から10枚のペースで書いていくと、ドックの中のカードは10ヶ月後には2,000枚近くに膨れ上がります。日記の延長だった PoIC は、この頃になると、知識の「データベース」へと変貌を遂げます。

アイディアを可視化する

人間の脳は、それ自体が巨大なデータベースだと言えるでしょう。しかし、脳の中の情報は目に見えず、時間が経つと消えてしまうものもあります。どの情報が消え、どの情報が残っているかを目で見て確かめることはできません。PoIC では、目に見えない情報を「カード」という形で可視化して取り出し、頭の外にデータベースを構築します。情報を物理的に顕在化することで、積み重ねたり、並べ替えたり、新しい情報を付け加える作業が明確になります。また、紙に書いた情報は、完全な記録として手元に残るというメリットもあります。

「データマイニング」という手法

データベースから新しい知識を生み出す、比較的新しい手法として「データマイニング」が注目されています。統計的手法を用いて、データ(data)から鉱脈を探し出します(mining)。統計を用いることで人間に特有の先入観から逃れ「思わぬ発見」が生まれます。渡部(1976)は、化学者が長年蓄積したカードを使って推計学的処理を行い、新しい接着剤を開発したエピソードを紹介しています(p. 126)。この[ 推計学的処理」が、データマイニングの先駆けと言えるでしょう。石川慎也氏の「データマイニングの宝箱」では、データマイニングの基礎が分かり易く解説されています。また、データマイニングの手法については、Fayyad et al.(1996)の中で詳しく述べられています。このデータマイニングの手法を PoIC 的に解釈したのが、下の図です。

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データマイニングという観点からあらためて PoIC を見直すと、カードを書き、ドックの中に収集・蓄積(collect)することは、じつはまだ準備段階にすぎません。しかし、経験的に言うならば、PoIC を使いはじめるにあたって、最初から巨大な情報データベースを構築しようと気負うことはありません。私の実感から言えば、はじめから巨大なデータベースを構築しようと意識して PoIC を使い始めた訳ではありませんでした。ただ、毎日の記録や発見を、一日に5〜10枚のペースでカードにしていったところ、いつのまにかデータベースになっていたのでした。楽しんで書いているうちにカードの数が増えていき、自然とデータベースが構築されます。こうなればカードを使って「新しい何かを生み出すこと」は、すぐそこです。ドックからカードを選り抜き(select)、それに解釈を加え(interpretation)、新しい知恵・知識・成果を再生産します。

ドップダウン? ボトムアップ?

プロジェクトを遂行する上で、トップダウン(上から下へ、演繹的)と、ボトムアップ(下から上へ、帰納的)の二つの進め方があります。この違いは、最初に目標(上の図のピラミッドの形)が具体的に分かっているかどうかです。PoIC では、最初に目標を決めてトップダウンに情報収集することも、また、目標が漠然としているけど取りあえずカードを書いてボトムアップに収集していくこともできます。さらに付け加えるならば、この過程は、上から下へ・下から上へでつながっており、一周のサイクルになっているので、実はどこから始めても同じなのです。

玉石混淆

私のドックの中は、宝石のようにきらめくカードばかりというわけではありません。もちろんそのようなカードもあるでしょうが、私はすべてのカードがそうだと思ったことはありません。言うならば、「玉石混淆」の状態です。しかし、データベースの観点から言えば、この玉石混淆の状態の方がよいのです。その理由は、例えば、単なるちっぽけな石だと思っていたことでも、数個の石を組み合わせることで新しい価値が産むものもたくさんあるからです。また、ある規格にしたがって大きさを揃え、数を集め、組織化ことで、エジプトのピラミッドのような偉大な建造物を建てることもできるでしょう。私たちが PoIC で目指すのは、私たち自身の考えや、身のまわりの出来事の背後に隠れた「パターン」を見つけ出すことです。それ自身にはあまり価値のない記録カードでも、複数の記録カードの間にパターンを見い出すことができれば、それは新しい知恵・知識(=宝石)となります。

逆に、ドックの中が宝石のようにきらめくカードで一杯だったと仮定しましょう。これは、自分が本当に良いと思う情報だけを選んでカードに書くことです。聞こえは良いですが、これでは情報を自分の中の「先入観」というふるいに掛けて選別しているのではないでしょうか。これでは、すべてのアイディアを捕らえることに成功していません。その時点はちっぽけな考えでも、後になって考えてみると正しかった、ということはよくあることです。米国 Apple 社 CEO の Steve Jobs 氏は、人間は人生における出来事を、過去に向かってつないでいくことしかできないと述べています(Jobs、2005)。ドックの中は、一見価値のないカード、ちっぽけなアイディアで一杯になるでしょう。しかし、Jobs 氏の言葉を PoIC に当てはめるならば、自分の書いたカードの本当の価値を知ることができるのは、ずっと先のことです。だからこそ、どんなアイディアでも頭に浮かんだ瞬間にカードや野帳に残しておきます。アイディアが頭に浮かんだということは、その時点ですでに何かしらの重要性を持っているということです。現時点の私たちにできることは、それが将来なんらかの形で必ず役に立つと信じてカードを書き、ドックに蓄積しておくことだけです。ドックの中のカードは、一枚たりとも捨てることはありません。

PoIC とデータマイニング

PoIC を使ったデータマイニングの一例として、私が記録カードから生活の役に立つ知恵を得た事例を紹介します。

頭痛のタネ

数年前、私は原因不明の慢性的な頭痛に悩まされていました。この頭痛が起こると、孫悟空の金の輪っかがはめられたように脳が締めつけられ、仕事に集中できなくなるほどでした。その他の健康状態には問題はありませんでした。私は、この頭痛に関して医師・会社の上司・同僚に相談してみましたが、原因はまったくつかめないままでした。次に、私は自分で頭痛の原因を探るため、脳と精神に関する本を図書館から借りてきて読み始めました。また、物理的に改善するために、スポーツクラブに通い水泳も始めました。しかし、しばらくして進歩が見られたのは、脳に関する知識と水泳の技術だけで、頭痛に関しては何も改善しないままでした。

記録カードのパターン

ある日、私は自分の書いたカード使って、頭痛の記録を追跡してみようと思い立ちました。私は自分の健康状態を、日記として記録カードに残していました。頭痛がひどい時には、その症状を日記とは独立のカードに記録しています。それらをすべてドックの中から抜き出し、机の上に並べてみました。私はこれらの記録カードの間に、興味深いパターンを見つけました。土曜日と日曜日には頭痛が起きたことがなかったのです。

私はその原因を一つ一つ自問自答しながら考え始めました。平日と土日では何が違うでしょうか? 答えは簡単、会社に行っているかいないかです。次に、会社と自宅における行動・環境の違いについて考えてみました。本当に精神的な問題を引き起こしているのは会社での対人関係でしょうか? いいえ、むしろ逆に頭痛が引きがねとなって、憂鬱になっているようです。他にはどういう原因が考えられるでしょうか? 食べ物や飲み物はどうでしょうか? 食べ物に関しては、会社でも自宅でもそれほど違いません。飲み物に関しては、私はオフィスでも自宅でも、コーヒーを飲みます。どちらも同じ銘柄を使っています。では、コーヒーをいれるのに使う水はどうでしょうか? 水? 確かに会社と自宅では飲んでいる水は違います。でも、水質って場所によってそんなに変わるものでしょうか?

半信半疑

次の日、私は自分でも半信半疑のまま、とにかく PoIC の分析から分かったことを行動に移してみました。やってみたのはとても簡単なことです。会社の水道水を飲まないようにしたのです。そして、その結果は明白でした。その日は頭痛が起きなかったのです。確認のため、その次の日も試してみました。やはり頭痛は起きません。こうして、ようやく私の頭痛の原因が判明しました。原因は会社の水道水でした。

さらに状況を分析すると、水が頭痛の原因であることが分かりにくかった理由は、朝一番にオフィスでコーヒーを飲むことが習慣化していたためです。これを飲んでしまうと、朝から晩まで、起きている間はずっと頭痛に悩まされることになります。後になって考えてみると、同僚の中には「会社の水はおいしくない」と言っていた人もいました。また、ある女性の方は少しでも美味しいお茶を飲もうと、わざわざ自宅の水をペットボトルに入れて持ってきていました(その方は茶道教室の先生もなさっていました)。こうしたことを考え合わせて、すべてがようやくパチンと一つにつながったのでした。

先入観から逃れる

この発見以降、私は自分が飲む水にも気を配るようになり、あの頭痛からは完全に開放されました。PoIC が本当に自分の生活を変えるほどすごいものだと感じたのは、この時です。実は、頭痛の原因が判明してからも、私自身その結果をすぐに信じることはできませんでした。だって、場所によってそんなに水質が変わるとは思えません。しかし、これこそが私の中の常識から来る偏見だということに気付きました。そして、この偏見のために、私は長い間、会社の水道水に関しては少しも疑うことはありませんでした。医師・会社の上司・同僚にこの原因が分からなかったのも無理ありません。たった数分の会話では、私の生活をそこまで詳細に追跡できないからです。また、もし医師に頭痛止めの薬を処方されていたとしても、本当の原因が取り除かれない限り無意味であることは明らかです。

もっと重要なのは、私自身にも原因が分かっていなかったことです。真実を教えてくれたのは誰でもなく、PoIC というシステムだけでした。

PoIC と KJ 法

今度は、カードをたくさん使ってピラミッドを作ります。時系列で蓄積してきたカードを机の上に展開し、分析を通じて新しい解釈を加え、情報の「再生産」を行います。ここでは、情報カードの分析方法として、KJ 法(川喜田, 1967)を取り入れ、PoIC マニュアルを書く過程を見てみます。「時系列スタック法」の原則である3ない(検索しない・分類しない・時系列を更新しない)は、この段階でようやく登場します。

収集

KJ 法では、まず情報を「収集」する過程から始まります。

PoIC では、普段から頭の中の考え・身の回りの情報をカードとしてドックの中に蓄積しているので、この過程をスキップすることができます。再生産しようと思い立った時には、素材は既にそこにあります。

タスクフォース編成

タスクフォース。左が選り抜かれたタスクフォース。右が残りのカード(拡大する

機が熟したところで、プロジェクトに関するカードをすべて抜き出します。これを「タスクフォース編成」と言います。タスクフォースに選ばれたカードは、プロジェクトを遂行する、有能なエージェントたちです。

タスクフォース編成には、空のドック(もしくは箱)を使います。時系列ドックの中のカードを過去から現在に向かって走査し、プロジェクトに関するカードを抜き出していきます。「これはちょっと違うかもしれない」というカードでも、少しでも関連性があるカードはすべて抜き出します。迷った時でも、一枚一枚のカードにタイムスタンプを付けているので、あとでいつでも時系列に戻すことができます。

右の写真では、家ドックの約2,000枚のカードから、PoIC マニュアルに関連したカードを、約600枚抜き出したところです。この段階ではまだ、抜き出したカードの前後関係について気にする必要はありませんが、大まかなグループ分けをしておくと次の作業が楽になります。

グループ化

グループ化(拡大する

ここからは平面(空間軸)でカードを操作していきます。

PoIC のカードは、実質的にこの段階で初めて分類されることになります。タスクフォース編成が済むと、分類ドックの中には章ごとの大きなグループができます。それを一章ずつ机の上に広げ、さらに小さなグループに分類していきます。これを「グループ化」と呼びます。カードは意外と場所を取るので、広い机や床の上で展開すると良いでしょう。

この段階では、カードの内容に注目し、カードとカードの間の文脈(context)やパターンを探します。カードを一枚一枚吟味し、似たような内容のカードが出てきたら、それを積み重ね(パイル)ていきます。なければ、新しい場所にどんどん置いていきます。カードを分類している間にも、新しいアイディアが浮かびます。それを赤ペンで既存のカードに書き込んだり、改めて新しいカードに書きます。パターンは、カードの数が多ければ多いほど見つけやすくなります。

時系列スタック法の「検索しない」ことにより、内容の似たカードが複数枚出てきます。それらのカードは、グループ化の段階で同じパイルに集まってきます。自分がいつも考えていることは、高く積み上がることになります。つまり、モノゴトの重要度はパイルの高さとして自然と浮かび上がってきます。

名付け

名付け(拡大する

次に、それぞれのパイルに名前を付けていきます。

これは次の空間配置の段階での分かり易さのためなので、短くて良いです。各パイルの一番上のカードに大きめのポストイットを貼っていきます。各パイルを構成するカードの内容を眺めて、名前を考えます。この作業は、「パイルの名前を決める」というよりも、「パイル自身に名前を聞く」といった方が適当な表現かもしれません。パイルが訴えかけてくる声に耳を傾けます。大きめのポストイットを使うのは、使用後に輪ゴム束ねた時に、区切りを分かり易くするためです。ポストイットの代わりに情報カードを使い、ペンの色を変えておくという方法もあります。

「グループ化」の段階では、空いた空間にどんどんパイルを作っていきました。机の上での各パイルの配置はまだランダムな状態です。

空間配置

空間配置(拡大する

「空間配置(spacing)」の段階では、各パイル間のパターンを見つけていきます。

「名付け」の段階でパイルに付けられた名前を元に、似たような内容のパイルを一列に並べていきます。パイルの集まりに対して名前を付けるため、机の上にポストイットを貼ります。これが文章を書く時の「章」に当たります。KJ 法では、文章構成は小さい単位から大きい単位へ、ボトムアップに構築されていきます。その過程において、文章構成や文脈は、情報カード自身が決めていきます。「タスクフォース編成」の段階でおおまかな章に分けましたが、カードの内容に沿った本当の章分けはこの段階で決まります。

「グループ化」の混沌とした状態から空間配置の秩序へ。ランダムに並んでいたパイルの山が、整然と配置されていきます。机の上という2次元平面上での分析を通じて、情報の乱雑さ(エントロピー)が小さくなっていく様子が分かります。

「タスクフォース」からここまで約4時間。情報カードを収集・蓄積し、エントロピーを増加させるのに約10ヶ月経過していることに比べれば、エントロピーを減少させるのに掛かる時間は、「ほんの一瞬」と言えるでしょう。

知的生産におけるエントロピーの増減に関しては、最終章でさらに考察することにします。

コンパイル

コンパイル(拡大する

机の上の作業スペースを確保するため、章立てに沿った順序でパイルを分類ドックに格納します。

パイルを一つずつ取り出し、カードを眺めながら、内容をまとめていきます。パイルをまとめるので「コンパイル」(com + pile)です。文章にしやすいように、パイルの中でも、カードの並べ替えを行います。文章を書く時は、カードの一語一句をそのまま書くのではなく、パイルの文脈・印象・パターンを書いた方が、文章としてまとまりが出ます。

PoIC を通じた再生産では、この段階でようやくパソコンが登場します。必要に応じて、Illustrator などを使って絵を描きます。一つの章を書き終えたら、カードを輪ゴムで束ねておきます。ポストイットを貼っているので、グループがどこで区切られているかが分かります。必要な時には、いつでも取り出して机の上に展開することができます。

全ての文章を書き終えたところで、プロジェクト終了、「Get Things Done!」となります。

タスクフォースに選ばれたカードはここで「お役御免」となります。これらのカードは、もとの時系列に戻さず、別の場所に保存しておきます。お役御免となったカードも、捨てずに取っておけば、さらに有用な情報を引き出すこともできます。