PoIC を通じて見えたこと

From PoIC
Jump to: navigation, search

PoIC は、情報カードとドックを使った、極めてシンプルなシステムです。しかし、そこからは「脳」や「情報」に関するとても興味深い事柄が見えてきました。

発見について

PoIC の4カードの中で一番面白く、かつ重要なカードは「発見カード」です。発見を効率良く捕獲する手段として、野帳も使いました。

脳の中のフィルター

脳の中のフィルターを外すと、面白いものが見えてくる(拡大する)。

日常生活における発見を考えると、脳は入力信号にフィルターを掛け、情報量を制限しているようです。脳の中のフィルターの存在は、養老(2003)の中で指摘されています。このフィルターのはたらきは、y を脳への入力信号、a をフィルター、x を目からの入力信号として、次の簡単な式で表すことができます。

y = a x

この式を見ると、目からの入力信号(x)がいくら大きいとしても、フィルターの除去効率が高ければ(a ~ 0)、脳への入力(y)は減ってしまうことが分かります。この状況を絵で表したのが右の図です。

脳の中のフィルターの例

一つ例を挙げてみましょう。私の部屋のソファーには、10年近く使い続けている、お気に入りのアフガニスタン産の敷き物が敷いてあります。長年使っているため、真ん中に約 20 cm の穴が空いています。普段生活している限りにおいて、私はこの穴をほとんど気にすることはありません。しかし、もし私の友人が遊びに来て、この敷き物を見るとビックリするかもしれません。私と友人の違いは、日常的にその穴を見ているかどうかです。私はその敷き物を日常的に見ているので、私の脳の方では「穴」という情報にフィルターを掛け、除外しています。

キノコの法則

今度は逆の例を挙げてみましょう。森にキノコ狩りに行ったとします。森に入ったばかりの時は、一面落ち葉ばっかりで、キノコなんてどこにも見当たりません。しかし、しばらく目を凝らしていると、キノコを一つ発見します。そうすると、今度は至るところにキノコが生えているのに気付きます。もちろん、この間に森が急激に変化して、キノコが一斉に生えてきた訳ではありません。変化したのは目(もしくはその先の脳)が、「キノコ」というパターンを探すのに最適化されたのです。

目を凝らして一つ見つければ、いっぱい見つかる。私はこれを「キノコの法則」と呼んでいます。

脳の中のフィルターは外すことができる

脳は、フィルターを使って入力情報を制限し、情報で溢れるのを防いでいます。しかし同時に、このフィルターによって、私たちが見慣れていると思っているもの、日常生活のすき間に隠れた面白いものも、一緒に除外されてしまっています。

私自身の PoIC 経験から言えることは、「脳の中のフィルターは、簡単な訓練で外すことができるらしい」ということです。フィルターを外すと、いままでとは違う世界が見えてきます。至るところにキノコ(なにか面白いもの)が生えているのに気付きます。

「自分の答え」を出す

フィルターの存在について考え始めると、人間の脳は、常識、先入観、社会通念、ドグマなどで、幾重にもフィルターが掛けられていることに気付きます。フィルターを外す訓練として一番簡単なのは、目に入ったものに対して、「なぜだろう?」と問い掛けることです。この問いに対して、思いついたことを、思いついた時に、野帳やカードに「発見」として書いていきます。発見を目に見える形で残すことで、脳は幸福感を感じ、さらに発見しようとします。

これはクイズ番組ではありませんから、時間制限はありません。すぐに答えを出す必要はありません。一つの問いに対して、答えを出すのに1年以上掛かることもあります。もちろん、人に聞いたり、本やウェブで調べたりすることは構いません。しかし、答えそのものよりもヒントを探すようにします。こうして「自分の答え」を出すことができます。その上で本と照らし合わせれば、自分の答えが正しいかどうかが分かります。そして、ほとんどの場合、自分の直感が正しいことに気付きます。考え方の指針としては、カーソンの「センス・オブ・ワンダー」、マリノフの「PEACE 法」、ポリア先生の「いかにして問題をとくか」などが参考になるでしょう。

フィルターが外れた効果を一番実感しやすいのは、大型書店に行った時です。私は歩いているだけで、本の方から私に引き寄せられてきます。私は、私の家に来たいという本をお迎えします。こうして私の蔵書はどんどん増えていきます。

時系列について

PoIC では、すべてのカードを時系列でスタックします。これを「時系列スタック法」と呼びました。時系列による情報管理の先鞭として「超」整理法(野口、1993)があります。ここでは、「超」整理法と PoIC の時系列情報整理の違いについて考えてみます。

時系列の公・私

私たちが単純に「時系列」と言った時に、そこには二種類の時系列があります。一つは、公共的・歴史的・絶対的なもので、誰にでも共通の「公的な時系列」です。世の中の出来事はすべて、この一つの時間軸を基準にして語られます。もう一つは、個人的・相対的なもので、どれ一つとして同じものはない「私的な時系列」です。私たちの心の中の時間軸は、この私的な時系列です。

「超」整理法は、本棚からファイルを引き出す、戻すといった、自分の行動を元にしています。PoIC も、思い浮かんだことを思い浮かんだ時にカードに書き、そのままの順番で並べていきます。「超」整理法と PoIC で「時系列」と言った時、それは「私的な時系列」を意味しています。この点では「超」整理法も PoIC も共通です。外国の方に「時系列」と言うと、「公的な時系列」を思い浮かべる人も多いようです。

カードの場合、私的な時系列にしたがって、いま頭に浮かんだことからどんどん書いていく方が合理的です。人間の記憶は、「いま・ここ」の記憶が一番強く、そこから急速に忘れていきます。エビングハウスの忘却曲線によると、人間は、20分後には42%、1日後には74%を忘れてしまいます。短期記憶に限ると、その90%は15秒で消えてしまうという報告もあります(Peterson & Peterson, 1959 via 苧阪, 2002)。最初からバラバラのカードを利用することで、思い付いた時に「私的な時系列」で書いておき、必要な時にいつでも「公的な時系列」に並べかえることができます。

「超」整理法と PoIC の時系列

二種類の時系列。

さて、Flickr やブログで、「PoIC の時系列スタック法は「超」整理法と同じでしょう?」という質問を多く受けます。例えば、Edward 氏は、カード版の「超」整理法として PoIC を紹介しています。しかし、誤解を避けるために言えば、「超」整理法と PoIC の時系列は、似ているようでまったく異なります。

「超」整理法 = 時系列 + 更新ルール

「超」整理法の時系列は、実は単純な時系列ではありません。「超」整理法では、まず初めにファイルを本棚に時系列で並べていきます。その状態から、ある一つのファイルを取り出して使ったとします。使ったファイルを戻す時は、元の位置に戻すのではなく、常に本棚の右端(一番新しいファイルがある側)に入れていきます。

良く使われるファイルは、常に本棚の右側に駐在し、逆に、あまり使われないファイルは、時間とともに本棚の左側にスライドしていきます。ファイルを取り出し、戻すたびにシステムが更新されることになります。

つまり、「超」整理法の時系列は「更新ルールのある時系列」です。この更新ルールがあることが、ファイルシステムをダイナミックなものにしている要因です。

PoIC = 時系列

一方、PoIC の時系列では、ドックの中から数枚のカードを取り出したとしても、元の位置に戻します。タスクフォースを編成再生産が完了した時、使用したカードはドックに戻さず、他の場所に保管します。

つまり、PoIC の時系列には更新ルールがありません。これが「超」整理法の時系列と同じであると言えない理由です。

PoIC を構成しているのは、ファイルに比べて情報の単位が小さいカードです。システムの中のカードは、容易に数千を超えます。「超」整理法型の更新ルールをそのまま適用し、秩序を保つのは困難です。「検索しない」ことが原則ですが、もし仮に検索する場合、タイムスタンプが検索キーとなります。更新ルールを導入して時系列を崩すことは、その検索キーをも失うことになります。

PoIC に一貫性と頑強さをもたらすのは、唯一「純粋な時系列」だけです。

ファイルとカードの違い

「超」整理法型の更新ルールが PoIC ではうまくいかない理由。

「超」整理法と PoIC の時系列の違いをもう少し詳しく見てみましょう。「超」整理法と PoIC の違いを説明すると、今度は、「「超」整理法と同じように、更新ルールを導入してはどうですか?」と良く言われます。

私自身、ファイルや本の整理に「超」整理法を導入しており、その仕組みや有用性を理解しています。しかし、ファイルシステムでは上手くいく「超」整理法は、カードシステムではうまく機能しません。このことは経験的には知っていても、それがなぜ上手くいかないのかを説明するのに、非常に苦労しました。

Jeevs 氏が flickr に寄せたコメント を読んだ時に、その理由がようやく分かりました。

「超」整理法では、システムに加わる新しいファイルの数は、個人の事情にも大きく依存しますが、日にせいぜい1〜2ファイルか、それ以下ではないでしょうか。加えて、封筒を使っていくつかのファイルをまとめ、システムの中のファイルの数を減らしています。システムからファイルを取り出す頻度は、システムに新しくファイルが加わる頻度よりも高いでしょう。

これを式で表すと、次のようになります。

「超」整理法 : 新ファイルが加わる頻度 < レビューの頻度

一方で、PoIC では、カードは日に5〜10枚の単位で増えていきます。カードは、ファイルに比べて情報の単位が小さく、したがって、新しいカードがシステムに加わる頻度はもっと高くなります。また、ドックの中のカードを何枚かまとめて束ねるということもしません。仮に、「超」整理法型の更新ルールを導入したとしても、新しく加わるカードの数が圧倒的に多いために、更新したカードは新しいカードの後ろにすぐに埋もれてしまいます。

この状況を式で表すと、次のようになります。

PoIC:新カードが加わる頻度 >> レビューの頻度

この二つの式の違いは不等号の向きです。違いを生む原因は、二つのシステムで取り扱う情報のサイズです。この違いがファイルシステムとカードシステムの管理に大きな違いをもたらしています。時系列での更新は、不等号が "<" (または "=") の時にだけうまく働きます。

PoIC の目的は、更新ルールを導入することで、カードシステムを活性化することではありません。データベースを構築するのはまだ準備段階で、そこから何かを生み出すこと、再生産することが最終目標です。

PoIC のカギはタスクフォース編成

再生産の段階で、タスクフォースを編成する時、必要なカードはドックからすべて抜き出されます。更新するとしないとに関わらず、タスクフォースに選ばれるカードは同じです。

これを簡単な例で見てみましょう。初めに二つのプロジェクト(a、b)がドックの中に混在し、カードが abaa の順番で並んでいるとします。途中で新しく aba という3枚のカードを左から加えます。最後に b のプロジェクトに関してタスクフォースを編成するという条件で、更新あり(「超」整理法型)となし(PoIC 型)の違いを見てみます。

更新あり:abaa → baaa → ababaaa → bbaaaaa → bb, aaaaa(計4ステップ)

更新なし:abaa → abaabaa → bb, aaaaa(計2ステップ)

結果は同じなのに、ステップ数は倍も違います。これは、タスクフォースを編成する、すなわち自分のアイディアを将来何らかの形で再利用することを前提とすれば、「更新あり」の途中のステップは、まったく意味がないということを示しています。カードに書いたアイディアは、順序を更新せずに、時系列でどんどん蓄積していけば良いのです。

時系列による情報蓄積は、頭に思い浮かんだこと、見たことを、そのままで書くことです。順番さえ気にしなければ、これは普通のノートでも実現できます。しかし、タスクフォース編成は、パーツ毎に書いたカードであって初めて可能になります。つまり、カード・時系列スタック法・タスクフォース編成は、三つでワンセット、互いに切っても切り離せない関係であるということです。

情報とエントロピーについて

「エントロピー」とは、「情報の乱雑さ」を表す概念です。自然界では、エントロピーは時間とともに増えていきます。例えば、コップに入れた水に一滴のミルクをたらすと、ミルクは時間とともに拡散し、コップの中の「乱雑さ」は増していきます。放っておいても、元の水と一滴のミルクに戻ることは決してありません。私たちは、エントロピーの低い状態を「秩序」、エントロピーの高い状態を「混沌」と呼んでいます。

システムの中のエントロピー

PoIC では、ドックの中のカードは日に5〜10枚の単位で増加していきます。情報の単位が小さいカードであることと、時系列で種類の区別なくスタックしていくことで、ドックの中の情報の乱雑さは、時間とともに一方的に増えていきます。分類しないので、ドックの中のエントロピーが途中で減ることはありません。更新なしの状態(「時系列について」の例では、abaabaa)は、更新ありの状態(同じく、bbaaaaa)に比べて乱雑さが大きく、エントロピーが高い状態です。

ファイルシステムのエントロピーについては、野口(1993)でも度々触れられています。「エントロピー」という考えは、情報整理を考える上で、避けては通れない話題です。一つ一つの情報量が小さいカードシステムでは、エントロピーの増え方はさらに急激です。PoIC を使っていく上で、エントロピーの話題に敏感になるのは当然のことです。

エントロピーとサイクル

PoIC のエントロピーモデル。ドックの中のエントロピーはサイクルを繰り返す。

エントロピーという考え方を一度理解すると、それが自然界の様々なシステムの中に存在することに気が付きます。例えば、四季、生物の一生、遺伝、株式市場など。興味深いのは、これらのシステムの中で、エントロピーがサイクル(周期)を持って変動しているということです。

時が満ち、エントロピーが頂点に達すると、情報の乱雑さを下げようとする存在が現れます。ここではこの存在を「レギュレーター(調整者)」と呼ぶことにします。先の例で言うと、レギュレーターは冬、死、減数分裂、暴落です。これらはシステムのエントロピーが一方的に増え、情報のインフレーションが起きるのを防いでいます。レギュレーターの出現は、一見ネガティブな出来事ですが、エントロピーという観点から見ると、システムの中での役割が良く理解できます。自然界は、極めて巧妙な手を使うものだと、つくづく感じさせられます。

PoIC を使う私たちの目標は、カードを使って何かを成し遂げること(Get Things Done)です。PoIC におけるレギュレーターは、システムの死ではなく、あくまでも再生産に払われる私たちの「努力」です。

知識・知恵の使者は、決して朝イチにやって来るのではないようです。ドックの中のカードが増えに増え、心理的に「本当にまとまるのか?」と不安になり、情報のインフレーションが起きそうなところで、ようやくフクロウが飛んできます。

カードが増える → エントロピーが増大 → 再生産 → カードが減る → エントロピーが減少

右上の図は、カードを使った知的生産におけるエントロピーの増減をモデル化したものです。時系列スタック法でドックに蓄積してきたエントロピーは、タスクフォースの編成(abaabaa → bb, aaaaa)とその後の再生産(bb → B)に伴い、一気に減少します。ドックにはカードが残るので(aaaaa)、エントロピーは完全なゼロには戻りません。この状態が次のプロジェクトへの出発点となります。

ドックの中のエントロピーは、数ヶ月から数年のスケールで、このようなサイクルを繰り返します。自然界のサイクルを考えると、カードを使った知的生産の過程は、自然な現象にも見えてきます。イチョウの樹を見て下さい。イチョウは冬が来る前に銀杏を落とします。

環境エントロピー

「情報」という立場からすると、PoIC におけるシステムとしての最小単位は、「脳」と「ドック」です。脳の中の情報は、野帳とカードを介してドックに受け渡されます。

人は、脳の中のエントロピーが高いと、ストレスを感じたり不安になります。そこで、紙に書き渡すことで、脳の中のエントロピーを減らします。その代わり、ドックの中のエントロピーは確実に増加していきます。脳とドックを一つと考えると、その中でエントロピーはほぼ保存しています(ただし、人間の脳は「忘れる」ので、完全には保存しない)。

この最小単位の一つ上の層として、「作業環境」を含めたシステムを考えることができます。生産性の観点から見ると、作業環境まで含めたシステムの方が、私にはより自然に見えます。机の上にモノを散らかしていると、集中力が散漫になってしまいます。あれもこれもと、いろいろなものに手を出す一方で、あとで気付くと何もできていないこともあります。私が常に机の上をきれいにしておくのは、私が几帳面だからではなく、むしろそうしないと仕事が進まないと自覚しているからです。

私は、個人的には、常にカードを机の上に散乱させておくことには、あまり賛成できません。なぜなら、カードが散乱している状態は、それだけでエントロピーが高く、人に不安感を与えるからです。また、いつまでもカードを散乱させておくと、今度は、脳がフィルターを掛けて、見えないことにしてしまいます。よって、カードは、普段はドックの中にしまっておき、使うときだけ取り出すようにします。

エントロピーのホットスポット

エントロピーが低い状態で何かを生産しようとするのは、「無」から「有」を生み出すようなもので、これは無理な話です。生産性の向上を考える上で重要なのは、「常にシステムのエントロピーを低くしておく」ことではなく、「システムの中のどこかにエントロピーを集中させる」ということです。

モノが散乱した机の上は、それ自体がエントロピーの高い状態です。しかし、いくら机の上のエントロピーが高くても、集中力を散漫にさせるだけで、生み出されるものは多くはありません。散らかった机は、脳・ドック・机のシステムの中で、限られたエントロピーを消費してしまいます。一方で、脳の中の情報は、時間とともに散逸してしまいます。脳には情報量を少なくする極めて重要な「フィルターを掛ける」機能と「忘れる」機能があるためです。

そこで PoIC では、ドックの中でエントロピーを集中・極大化させていきます。脳の中の情報(アイディア)は、日頃からカードにして、ドックに渡しておきます。ドックの中のエントロピーが増大しても、ドックの注意力が散漫になったり、ドックが不安を感じるということはありません。そして、機が熟した時に、ドックからカードを選り抜きます。検索・分類・再生産により、ドックの中のエントロピーは一気に下がります。机の上にあるドックは、「何か」を生産するための、エントロピーの湧き出し口、ホットスポットと言えるでしょう。

情報の流れと「時空の輪」

PoIC の中の情報は、時系列スタック法にしたがって蓄積され、その後のタスクフォースの編成再生産の過程で、机の上に展開されます。私は、PoIC の中の情報は、現在〜過去〜空間という道筋を通り、その成果は「現在」に反映されると考えていました。

43Tabs システムの登場

そこに新しく登場したのが、野ざらし亭さんの提唱する 43Tabs システムでした。43Tabs システムは、工業生産におけるカム・アップシステムと、GTD の Tickler File の考えを合わせ、情報カードシステムに応用したものです(詳しくは 43Tabs の原文を参照)。43Tabs システムでは、月12個+日31個、計43個の見出しインデックスを使い、未来から現在に流れてくるタスクを処理します。

この新しいカードシステムの登場に、私はとてもビックリしました。なぜなら、そこには、PoIC にはなかった「未来」から「現在」への情報の流れが明確に示されていたからです。PoIC と 43Tabs を組み合わせたシステム(PoIC+43Tabs システム)で、ドックの中の時間軸は、未来から過去まで一直線につながります。

PoIC+43Tabs システムにおける「時空の輪」

PoIC + 43Tabs システムにおける情報の流れ。下半分が時間軸、上半分が空間軸を表している。

時間は未来に向かって進み、情報は過去に向かって蓄積していきます。PoIC のドックは、上流から流れてくる川の水を一時的に堰き止めて、ダムを作る様子にも似ています。

タスクフォースの編成は、過去となった情報を空間、すなわち「ここ」に持ってくることです。さらに、再生産の段階では、「ここ」に持ってきた情報を、机という2次元平面上に展開し、分類・分析を経て、新しい知恵・知識・成果を得ます。

この様子は、逆行する時間と空間の2本の軸、もしくはそれを膨らませた、一つの「輪」で表現することができます。右の図は、下半分が時間軸を、上半分が空間軸を示しています。性質のまったく異なる2つの軸は、「未来」と「過去」で接続しています。そして、PoIC+43Tabs システムの中の、43Tabs時系列スタック法タスクフォースの編成再生産という4つの工程は、それぞれ「輪」の1/4ずつを占めます。

「輪」から「らせん」へ

43Tabs 登場以前の PoIC にはミッシングリンクがありました。そして、そのミッシングリンクを発見したのは、野ざらし亭さんでした。43Tabs システムが登場し、PoIC と接続されたときに初めて、「時空の輪」とその中の「情報の流れ」が見えてきました。

この統合されたシステムにおける「時空の輪」構造を考えた時、再生産の結果は、現在ではなく、むしろ「未来」に反映されると考えた方が自然です。なぜなら、新しく得られた知見は、未来から流れてくるタスクをも変化させるからです。再生産の結果は、現時点での「未来」を「未来'」に変化させます。すなわち、PoIC+43Tabs システムを導入し、何かを成し遂げようとすることは、「輪」を「らせん」へと変化させることを意味します。

この世の中はカオス、まさに「一寸先は闇」です。私たちは、未来に向かって何かを正確に知ることはできません。時間の流れ、情報の流れに逆らうことは出来ないからです。しかし、急がば回れ、「いま」の時点から情報を蓄積し、情報の流れに沿って「時空の輪」を時計回りに3/4周することで、未来にアプローチすることができます。知的生産や GTD では、一見遠回りに見える道が、実は一番の近道なのです。

デジタルとアナログ

PoIC を使っていく中で強く感じたことは、私にとってアナログの世界がとても心地良いということでした。この心地よさはどこから来るのでしょうか?

カードが増えることは幸せ

動物行動学者であるデズモンド・モリスは、「裸のサルの幸福論」(2005)の中で、いくら私たちの生活が近代化されたとしても、狩猟者(ハンター)としての本能は消えないと主張しています。現代の生活において、食料とする動物を実際に自分の手で狩ることはほとんど無理です。そこで、人間は「代償行為」として、お金を稼いだり、本を買ったり、スポーツを楽しんだり、おもちゃを集めたりします。こうすることで、人間の脳の中に眠る野生の本能を慰めているようなのです。

例えば、私はこのマニュアルの中で、アイディアを書き留めることを「捕まえる」、「捕獲する」という言葉で表現してきました。アナログメディアであるカードは、書けば書いた分だけ手元に残ります。書いたカードには、厚み・重みがあり、めくったり、箱に入れた時の音を聞くこともできます。

PoIC を面白くする一つの要素は、アイディアを捕まえたり、ドックが自分の書いたカードで満たされていくという、脳の原始的な部分を刺激する満足感なのかもしれません。代償行為には、「生産行為」も「消費行為」もあり得ます。幸いにも、カードを書くことや、本を読むことは、自分の将来の「生産行為」に必ず結びついています。

アナログの安心感

デジタルの世界では、電源を消してしまえば、ファイルは目の前からは消えてしまいます。一行しか書いていないファイルと、何万行も書いたファイルの外見はまったく同じです。パソコン上のすべてのファイルは、有るのに無い、すべて仮想現実のものです。脳もそのことに気付いているのではないでしょうか。

生産性を向上させるデジタル端末としては Palm が理想に近いかもしれません。私も PoIC 以前に Palm m505 を使っていました。その時は、バッテリーの残量を気にしたり、落として壊さないように注意する必要がありました。しかも重い。サイズはポケットサイズでも、重さはポケットサイズではありません。野帳のように、「いつでも・どこでも・どんな体勢でも」というのは、難しいのが現状です。デジタルのデータはすぐ消えてしまうという危うさもあります。必要なファイルをうっかり削除してしまったという経験は誰にでもあるでしょう。UNIX では、rm -rf * のコマンド一行で、数年分のファイルが一気に消えてしまいます。

ドックの中のカードは、私たちが物理的に捨てない限り、いつまでもそこに居てくれます。個人のシステムでは、こういう安心感こそが大切なのです。

「紙」の復権

私が PoIC を通じて感じたのは、生産性の向上、特に個人の発見をうながすという意味においては、パソコンはあまり役に立たないということでした。パソコンはよくよく考えて使わないと、かえって生産性・創造性を下げてしまう可能性があります。情報のペーパーレス化が進む世の中ですが、それは莫大な量の情報を処理・発信する事務や新聞の分野では真実です。しかし、個人的な生産性、特に創造性に密接に関わる部分においては、ペーパーレス化などまったくあり得ないというのが私の実感です。

これまで生活の中心にあったパソコンは、机のすみに追いやられ、私の作業環境の中心には紙が戻ってきました。机の上にはいつも十分な量のカードがあり、野帳は常に肌身離さず持ち歩いています。また、本が読みやすいように机の高さを変えたり、照明の明るさを考えたりもしています。PoIC を通じて、私の生活は確実に変わりつつあります。

文化の遺伝子

文化の遺伝子のらせん構造。

DNA(デオキシリボ核酸)は、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の四種類の塩基を組み合わせることで、生物の遺伝情報を伝えます。

PoIC では、一枚一枚のカードに、4つのアイコンに対応したタグを付けました。この「4」という数字は、これ以上でも、これ以下でもない、必要十分な数です。偶然にも、DNA の塩基の数と同じです。ドックの中に数百枚・数千枚のカードがスタックされた時、タグは一連のコードを形成します。タスクフォース編成の様子は、まるで染色体の減数分裂のようです。

これらの類推から、PoIC におけるドックは「文化の遺伝子」、そして、一枚一枚のカードはその遺伝子を構成する情報と言えるのではないでしょうか。PoIC の本質は、遺伝子と同じで「良い情報を将来に伝えること」にあります。

カードを書くことが、自分の「文化の遺伝子」のらせん構造を紡いでいくことだと考えると、なんだか楽しくなってきませんか?